2011年03月02日

FA補償で高濱ロッテへ

阪神タイガースの高濱卓也選手が、FAの小林宏の人的補償として、ロッテに移籍することとなった。タイガースファンとして、なんともやるせない気持ちである。

開幕直前に一選手を混乱させてまで小林宏は取る投手だったのか? 近年の阪神はFAで選手を取り過ぎである。新井、城島、藤井・・・そして小林宏。松井秀や川上、上原といったMLB日本人選手獲得の噂も絶えない。

90年代は読売がその経済力で選手を集めていた。4番バッターを並べて・・・とよく言われ、並べれば並べるほど勝てなかった時代があった。阪神は当時暗黒時代。選手を集めても勝てない時期が続いた。

2000年代に入り、阪神は暗黒時代を脱した。2002年星野監督になって以降の9年間で優勝2回、Aクラス7回。最低が4位を2回だ。2001年以前の15年間で最下位10回、Aクラスは2位が1回という惨状だった。暗黒時代にFA補強は必然だったが、2003年と2005年の優勝以降、FA補強が本当に必要だったのかは、大いに疑問である。金本で最後にして欲しかったと思っている。


現時点で、ここ数年ロッテであまり期待に応えられなかった小林宏と、ケガでここまでブレイクしていないものの中田翔の外れ1位という3年前の高校生ドラフト1位の生え抜きの若い高濱では、タイガースファンとしては高濱の方が愛着を感じて当然だろう。

現在のルール上、プロテクトされていない選手が取られるのは仕方が無い。トレードだと思えば、タイガース側が得と考える方が自然だ。しかし、今のタイガースにそこまでのリスクを負ってまで獲得が必要だったのだろうか? 今もそうだが、90年代暗黒時代から阪神投手陣は、レベルは決して低くなかった。よく言われていたのが「70点投手が多いが、90点投手が居ない」 90点投手の誕生はずっと望んでいることだ。今では球児は90点台だろう。能見、岩田はそこに達する可能性を秘めている。ファームも含めて、中継ぎ陣には70点投手がうじゃうじゃだ。彼らの可能性を、出番を減らしてまで取る投手なのか? それこそ去年、もし小林宏が居て活躍していたならば、西村のブレイクは無かったかもしれない。


経済力のあるチームだけが得をするなら、制度の意味をなさないし、ましてや上位チームが下位チームから主力を吸い取るようなここ数年の現状では、プロテクト枠を現状の28名から、20名ほどに減らしても良いと思う。


  ※今回、一部タイガースファンから、高濱をプロテクトしなかったことで、首脳陣に見る目が無かったという批判が起きている。今シーズンここまで急成長を見せているが、今28人を選ぶとしても、間違いなく高濱は選ばれない。今後ロッテで大ブレイクをするようなことがあれば、首脳陣は責められることになるだろうが、現段階では批判されるようなやり方ではない。プロテクトされたと思われる大和や上本らが、高濱より活躍してくれれば良い。首脳陣どうこうじゃなくて、選手へ期待をする方が、きっと楽しめる。
posted by KJC at 23:55| Comment(17) | プロ野球NPB+MLB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月31日

2010年プロ野球を振り返る(1)

タイトルに(1)とつけたが、続きがあるか確信無し。



プロ野球の2010年のシーズンが終わり、
(現在のシステムでは日本シリーズはお飾りなので、一切興味なし
プレイオフも同様。全く興味なし)

さらにドラフトも終わったので、今シーズンを振り返ってみようかと思ったんだけど、
あまりに思うことが多かったので、躊躇。。


そういえば、オールスターファン投票が始まった時に、
今年も投票した選手を書き並べていろいろと書いてみたのだが、
不覚にも消えてしまうという情けないことをやってしまっていたことを思い出し、
選手名だけでも書き残したいと思い、載せてみようと思う。
(誰に投票したかは記録が残っていた)


今となっては、“なぜこの人に・・・?”というのも正直無くは無いが、
まあ、好きな選手ばかりである。


セ・リーグ
先発   C 18 前田 健太
中継   D 41 浅尾 拓也
抑え   T 22 藤川 球児
捕手   T 39 矢野 大
1塁手  T 67 C.ブラゼル
2塁手  T  5 平野 恵一
3塁手  S  6 宮本 慎也
遊撃手  D  6 井端 弘和
外野手1 D  5 和田 一浩
外野手2 G 31 松本 哲也
外野手3 T  9 M.マートン


パ・リーグ
先発   F 11 ダルビッシュ 有
中継   F 25 宮西 尚生
抑え   E 18 田中 将大
捕手   F 64 鶴岡 慎也
1塁手  Bs 23 北川 博敏
2塁手  F  3 田中 賢介
3塁手  F  5 小谷野 栄一
遊撃手  H 52 川崎 宗則
外野手1 L 46 G.G.佐藤
外野手2 F 26 糸井 嘉男
外野手3 F 41 稲葉 篤紀
指名打者 E  7 山崎 武司



ま、また、打順も考えてみた。
(この先は今日考えて書いた)

セ(DHとしてブランコを追加)
1井端
2宮本
3マートン
4和田
5ブラゼル
6ブランコ
7矢野
8平野
9松本


1田中賢
2川崎
3稲葉
4山崎
5小谷野
6糸井
7北川
8GG佐藤
9鶴岡



オールスターの投票は毎年楽しいが、シーズン終わってからのものだと、また結果が違うのになあと改めて思うのであった。
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2010年04月04日

ショッキンクなニュースから1日半が過ぎた

■木村コーチ意識不明続く、球団に応援メッセージ
(読売新聞 - 04月03日 20:22)

清武読売球団代表は「球団を挙げて奇跡を待ちたい」と語った。
立場上、そういう表現になったのかもしれない。


アンチ読売で、熱狂的タイガースファンで、野球ファンのおれが言う。



「プロ野球ファンを挙げて奇跡を待っている」



まずは意識が戻ってくれたら・・・・・・。


他球団のファンであるおれが、こんなにもやもやしている。
関係者の不安たるや、計り知れない。

とにかく、おれは祈るしかない。祈っている。願っている。
届けよ、パワー。
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2010年03月22日

日本のバスケットボールトップリーグの行方

日本にプロバスケットボールリーグ、bjリーグができて5年。

そのリーグは、日本バスケットボール協会に存在が認められていなかった。

協会は全国各地の体育館に、bjに使わせないように圧力をかけたり、bj所属の選手は、全日本に選出しないと通達したり、さまざまな妨害行為がなされた。

協会がもともとあった日本リーグをプロ化すると言い続けたが、何年も実現化させなかった。その中から業を煮やし飛び出したのが2チーム。

6チームで結成されたbjリーグは、来季で14チームに拡大される。
当初、レベルが高く、スター選手がそろった、人気が高くないアマチュアリーグ(JBL)と、レベルが高くない、日本人スター選手が居ない、人気の高いプロリーグ(bj)という対比がなされたりもした。

対立していると言われていたが、bjは何もJBLへ攻撃するような行為はしていない。JBLを組織するJBA(日本バスケットボール協会)が、一方的にbjを攻撃してきたのである。

さらに、人事の問題、女子代表チームのヘッドコーチの問題、世界選手権の赤字などなどなどなど、問題だらけの協会は、バスケットボールファンの非難の大きな的となってきたのである。


だから、ある意味では、この承認は大きな一歩であるが、このJBAである。まったく実効性が無い承認かもしれない。

バスケットボールファンの間では、記念すべき一日となったというような声も聞こえるが、そんなに楽観的には居られないと思う。

リーグ統合は容易ではない。

どっちかに統合するのも、理想では無い。新リーグになると思うが、それもJBLの母体企業が簡単に合意するわけがない。


とりあえずは、正月の天皇杯に出られる資格を得たbjのチームが、実際にどれだけ出られるのかが気がかりである。bjのチームとJBLのチームが対戦したら、bjに勝って欲しいものである。



今後、期待はしたいが、不安の方が大きい。どうなることやら。


=========
■バスケ、日本リーグと「bj」統合へ第一歩
(読売新聞 - 03月20日 23:43)

 日本バスケットボール協会は20日、都内で理事会と評議員会を開き、協会とは一線を画す外部組織のbjリーグに所属する選手の協会登録の手続きを進める方針を決めた。

 協会傘下の男子日本リーグとbjの統合を2013年をめどに目指すとする「次世代型トップリーグの創設」の答申がこの日、承認された。

 今月中に両組織が覚書をかわし、bjリーグのチーム・選手の日本協会への加盟、登録を進める。これにより、bjリーグの選手が日本代表として国際大会に出場することや、協会主催の全日本総合選手権にbjチームが出場することが可能になる。

 2005年のbjリーグ開幕以来、ほぼ断絶していた協会とbjリーグの雪解けの第一歩で、答申案では、12年までのシーズンを移行期間として両リーグのチャンピオン同士の対戦や交流戦、オールスター戦などを行って段階的な融合を目指す。

 ただ、日本リーグの企業チームが、答申で求めるチームの分社化などに難色を示したり、統合後のbjリーグ運営会社の法人格(株式会社)の取り扱いなど、今後の曲折も予想される。
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2010年03月14日

アメリカで優勝した元高校日本一バスケット選手

                                 敬称略

2005年年末、高校バスケットの3大大会のラストを飾るウィンターカップ。女子は、名門中村学園女子高校(福岡代表)が優勝した。準々決勝で吉田亜沙美(現JOMO)率いる第一シードでインターハイを制覇している東京成徳大高を80-77と接戦をものにすると、決勝では3年ぶりの優勝を目指すこれまた名門桜花学園高を76-71で下し、10年ぶりに頂点に立った。

その時のキャプテン、中山明日実は高校卒業後、アメリカに渡った。

ユタ州ユタバレー大。Div1(日本で言う一部リーグのようなもの)でありながらカンファレンスに所属していないチームだった。アメリカの大学バスケットは32のカンファレンス(地区)に分かれており、レギュラーシーズンを戦った後、プレイオフトーナメントをしてカンファレンス優勝を決めるシステムだ。そしてその成績により、NCAAナショナルトーナメントへの出場が決まる。このトーナメントはアメリカで最も熱狂されるアマチュアスポーツイベントで、俗に“マーチマッドネス(3月の狂気)”と呼ばれている。今全米各地で、まさにそのカンファレンストーナメントの真っ最中なのだ。

中山明日実がユタバレーの選手になっていたのを知ったのは、彼女の1年時。

おれにとって、馴染みのあるユタという土地で、元中村学園の選手が、バスケットをやっている! ということを知って、陰ながら応援してきた。日本の高校バスケットでトップと言えど、まだまだアメリカの大学でプレーする選手は少ない。10年前に活躍した大野慎子(鶴鳴学園高-長崎女子高- →エバンスビル大)以来、Div1では2人目じゃないだろうか。※

彼女も気がつけば4年生となった。今年から(だったと思うが)、Great Westカンファレンスという新設されたカンファレンに属することになったユタバレー。中山はキャプテンになった。

そんな中山を、おれは卒業後にはWリーグで活躍するのを、楽しみにしていたのだが、本人のブログによると、大学でバスケットボールを引退することを決めたと発表された。これがラストシーズンだ。卒業後は別の夢に向かって進むらしい。がしかし、本人の気合いとは裏腹に、チームは低迷。レギュラーシーズンを10勝22敗、7チーム中6位で終えた。

しかし、カンファレンストーナメントで、ユタバレーは底力を発揮。あれよあれよと、決勝進出。そして今日(日本時間今朝)、70-62で第一シードのノースダコタを下し、カンファレンスチャンピオンに輝いた! しかも中山がトーナメントMVP!!

試合終了前、勝負が決まりベンチに下がった時の、中山明日実選手の涙、ぐっときた。新設カンファレンスのため、優勝してもNCAAトーナメントには出られないらしい。NCAAに出られなかったチームで行われるNITという別のトーナメントも、レギュラーシーズンの成績の低さから、出場できる可能性はかなり低いらしい。ということは、これが中山の引退試合となった。

ネット中継で、見られたのはありがたかった。今年は男子NCAAをほとんど見ていなくて、もうすぐ始まるNCAAトーナメントも、どんな選手が居るのか、どのチームが強いのか、どんな特色のチームなのか、サッパリわからない。マッドネスを感じたいのだが・・・。あの狂気は大好きなのだが。

しかし、今年はユタバレーのこの優勝で十分だ。

ありがとう&おめでとう、アスミ!




それにしても、もっと日本の高校トップの選手はもっとアメリカの大学を選択肢に入れて欲しいものだ。少なくとも女子のガードは十分に通用する。問題は学業の方だろうが、プレーでは十分に通用すると思う。パワーでかなわなくても、スピードとテクニックでは十分にいける。


☆中山明日実ブログ「ASUMICAN*DREAM」
キャラもすばらしい。

☆ユタバレー ウルバリンズ
写真もいろいろ出ています。13が中山。



       ※後述:同じくエバンスビル大で中根綾子(浜松海の星高)がいますね。
posted by KJC at 19:16| Comment(1) | バスケットボール(NBA以外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

JOMO連覇 - Wリーグファイナル

まあ、毎年ドラマがあるもんだ。JOMOファンとして。

今年は、トヨタに宿敵(?)矢野が加入し、そのトヨタがシーズン1位。対トヨタ1勝3敗となかなか勝てなかった。皇后杯では、JOMOが決勝でトヨタを倒したけど、このファイナルも苦戦することが予想された(Best of 5)。

しかし、あっけなくJOMOが3連勝。初戦こそ接戦だったものの、あとの2戦は快勝だった。今年は何と言っても諏訪の成長が大きかった。最終戦の最後に見せた山田の涙・・・やはり引退だろうか・・・?

来季から、渡嘉敷来夢が加入することが決まり、全日本クラスのセンターを3人も抱えて、どうやって起用するんだああ? って思っていたけど、やはり引退か移籍があったからという予測は間違っていなかったのか。足がよほど痛いんだろうな。

さらに、昨シーズンはプレイオフに出られなかったシンの涙も、毎度そのギャップで(?)魅せてくれた。

それにしても、オリンピックがあったとはいえ、第1戦と第2戦が放送されなかったのは、どうにかならんか・・・・怒

録画放送でも良いじゃないかー。NHKもSkyAも放送しなかったってことは、なんかまた機構のせいなんじゃないかあ!? と勘繰ってしまいたくなる。


今年は世界選手権がある。(U-17世界選手権もある)
日本のバスケットを世界に魅せつけて欲しい。


ちなみに、明日19時過ぎより、NHK-BS1で録画放送あるよ。是非見てみて! (第4戦の生放送予定だった)
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バンクーバーオリンピック総括

熱戦に幕 日本のメダルは5個


しっかり冬のオリンピックを観たのは、長野以来だったような気がする。

前回トリノの記憶がほとんどない。その前のソルトレイクシティは、馴染みのある町だからとかなり楽しみにしていた記憶があるのだが、これまた記憶がほとんどない。

やはりあの、長野での日本人選手の活躍・ドラマが印象深いからだろうか。


トリノのあと、最近の日本の冬季オリンピック勢は寂しいな・・・なんて思っていたけど、よく考えたら、長野が特別であって、過去の記録を見ると、金は1個取れるか取れないかだし、メダル総数でも今回の5個というのは上出来でしょう。日本のメディアで金3個なんていう予想もあったけど、夢見るのもたいがいにせいと、相変わらず思ったもんだよ。各国のメディアの予想を見たら、日本の金予想はなかったし、金に迫った浅田やパシュート勢は大健闘だったでしょう。メダルに届かなくても、健闘した選手はたくさんいた。


今回、個人的な最大のニュースは、なんと言ってもカーリング。
カーリングの魅力を知れたこと。初めてフルでゲームを見たが、戦術や駆け引きがあんなにおもしろい競技だとは知らなかった。氷上の格闘技、アイスホッケーとは対照的なプレースタイルだが、奥の深さは凄い。日本がイギリスを倒したゲームは特におもしろかった。

おれはスピード競技が好きなので、スケートやスキーがじっくり観たかったのだが、特にスキーは女子モーグル以外日本人選手が出ていなかったりメダルが期待できなかったりで、あまり取り上げられなかったのは残念である。特に滑降はスキーの華だと思うのだが。


それにしても、世間ではフィギュアスケートが大人気のようで。
人気があるから特集がたくさん取り上げられるのか。
頻繁に特集されるから観た人が多かったのか。

浅田真央って人はすごいねえ。一見子どもに見えるけど、あの落ち着きよう、あの丁寧な受け答え。プレッシャーを感じさせない振る舞い。すごいよ。精神力の強さって、天性のものなのだろうか? フィギュアスケートって、選手寿命が終わるのは、比較的早いんじゃないっけ? トリノの時も出場させたかったね。こういう競技で年齢制限があるのは、やっぱりおかしい。実力のある選手が出るべきでしょう。接触する競技で危ないからっていうなら、わかるけど。



ではまた2年後のロンドンを楽しみにいきましょう。
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2010年02月13日

国を代表するということ2

前回の日記: 国を代表するということ

=====

国の代表といえば思い出すのが2000年のバスケットボール「スーパードリーム2000」だ。

・・・と、その前に、詳しくない方のために、ここ20年のバスケットボール事情をおさらいする。


1992年のバルセロナオリンピックで、初めてプロ選手が出場し、大学を卒業したばかりの1人を除くプロオールスター軍団を揃えたアメリカ“ドリームチーム”が全試合で圧勝。世界に世界一のアメリカのバスケットボールを見せつけた。当時は負けたチームが口々に「今日は最高の日だ」とコメントするような時代だった。

それから時は流れ、諸外国のチームにとって、アメリカは徐々に“憧れ”から“目標”に移っていく。同じようにプロ中心選手で挑んだ2000年のシドニーオリンピックでは、リトアニア相手に接戦を演じ、2002年の世界選手権ではついにアメリカは優勝を逃したばかりか、6位に甘んじる結果となった。オリンピックでも2004年アテネ大会で3位と、NBAの中心選手を集めても、優勝できない時代となった。アメリカ以外の世界の強豪にとって、アメリカは今や“ライバル”であり、決して“憧れ”ではないのだ。


一方日本は、世界の多くの国と同じように、バルセロナ以降、プロ化が検討されたり、アメリカに少しでも追いつこうと選手・関係者はがんばってきた。その結果のひとつが95年のユニバーシアード福岡大会で準優勝! 地の利やら、なんやらあったにせよ、決勝でアメリカと戦ったというのは歴史的なものであった。当時のアメリカ代表は大学生であったティム ダンカンやアレンアイヴァソン、レイ アレンら、何人かは今NBAのベテラン選手で活躍する面々であった。日本のヘッドコーチは現bjリーグコミッショナーの河内敏光が務めていた。勝てはしなかったものの、この1戦は日本のバスケットボールの未来に大きな光を魅せてくれた内容だった。

上昇気流にあった日本は、NBAのスタジアムに匹敵するさいたまスーパーアリーナを建設。そのこけら落としとして、この「スーパードリーム 2000」と銘打ったビッグイベントの開催を発表。シドニーオリンピック直前に、U.S.A.とスペインを迎え、日本代表が戦うというまさに夢の対戦が実現した(日本はオリンピック出場できず)。

これ以前に決まっていた2006年世界選手権日本開催というのもあり、日本のバスケットボールは上昇気流に乗ったかに見えた。が、協会が抱える数々の問題が表面化した。強化どころか国内の運営のあらゆる面で失敗が目立ってきていた。

その自国開催となった世界選手権では20位(出場24チーム)、過去ほとんどの大会で3位以上に入っていたアジアでの大会も、90年代終盤から 5〜6位となり、2007年のアジア選手権では自国開催だったのにもかかわらず史上最低の8位、2009年の同大会では10位(16チーム中)と最低記録を更新した。各国がアメリカに追いつけ追い越せで成長し、アジアでも中国が世界トップクラスへ、中東勢がアジアトップレベルへ君臨する中、日本は完全に取り残された格好となっている。


===

さて、そのスーパードリームゲーム2000というのは、言わずと知れたオールスター軍団U.S.A.と、世界強豪のひとつ(後に2006年日本開催の世界選手権で優勝した)スペイン、それに日本の3チームが総当たりで戦うイベントだった。



・・・・・前置きが長くなったが、やっと本題。



アメリカに挑んだ日本は、当然のごとく敗戦。49-105という大差だった。
ちなみに、アメリカvsスペインは95-66、日本vsスペインは58-99だった。

このスーパースター軍団のアメリカ戦のあとの、ある選手のコメントが物議を醸し出すことになる。


「楽しかったです」


このコメントに抗議が殺到した。

「惨敗して“楽しかった”って何だよ!? クラブチームとして対戦してそれなら良いよ。日本の代表だぞ。大敗したんだから、悔しかったって言ってみろよ。なんで見ている人間の方が悔しいんだよ」

このような趣旨だ。だが、発言の主は反論した。


「楽しかったから、楽しかったって言ったんだ」



確かに悔しくなかったとは言っていない。日本にはいないトップレベルの選手とじかに対戦して楽しかったという感覚も理解できる。一方で、負けておいて・・・という抗議者の意見も理解できる。


おれはどっちも間違ってはいないと思う。


そして、先に書いたように、日本はこの時期から世界に取り残されるようになるが、だからといってこのコメントや、(推測だけど)この時に日本代表選手がもし同じ気持ちで居たとしても・・・・、それが低迷の引き金になったとは思わない。いや、そうでないと信じたい。

92年にアメリカと対戦したチームだって、初めは負けて幸福感を感じたところから成長したチームもあるのだから。



“日本がアメリカに勝つ日”それはやり方によっては決して遠くは無いと思う。92年のドリームチームの2年後、アメリカチームがドリームチーム IIと呼ばれた94年の世界選手権の開催直前、アメリカESPNで組まれた特集を思い出す。

アメリカが負ける日はいつになるのか? 関係者数名のコメントが引用された。

「7〜8年は相手にならない」
「10年以上はかかる」
「20〜30年くらいかかるのではないか」

確かに当時は、ベストメンバーを揃えたアメリカが負けることなど考えられなかった。


が、実際は2002年の世界選手権で負けたのだから、この時から8年というのが答えであった。もっと言えば2000年のシドニーオリンピックでは間一髪だったし、98年の世界選手権ではプロ選手が参加せずに3位だったので、この時に負けていた可能性もある。



日本の武器であったスピードと長距離シュートは、今や体格の良いチームでも当たり前のように武器にする時代になった。それでもなお、体格に劣る日本が、デカいチームを相手にきりきりまいさせる様を、ときどき想像するのである。
posted by KJC at 11:33| Comment(0) | バスケットボール(NBA以外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月12日

国を代表するということ

服装注意の国母が入村式欠席 (毎日新聞)

国母「反省してま〜す」 (スポニチ)


思春期前の反抗期のガキじゃないんだから・・・と、初めは穏やかにこのニュースを読んだもんだ。世間には、最低限のルールも守らないことも、個性とかなんとか言って擁護するのがおるんだろうかなあと思っていたら・・・

さすがにあの記者会見を見たら擁護する気になる人なんてほぼ皆無だろう。このニュース日記も今回ばかりは正常な反応ばかりでホッとした。

朝青龍や亀田の名前を出す人も居るけど、彼らとは比較にならない無礼な振る舞いでしょう。服装が悪かったのはそんなに悪いことじゃないと思うけど、全く反省していない記者会見と、それを擁護する周りはどうにかならんかね? 小中学生のヤンキーのようにやりたいのなら、「何か問題ですか?」とでも言えば、馬鹿な幼い奴って程度で済んだのに。

即、強制帰国でしょう? 渡航費は自費で払ってもらいましょう。どうしても出場したいなら、日本代表じゃなくて、無所属で出てください。って、当然IOCがそんなこと認めるわけないけど。



アトランタオリンピックあたりから、“国のため”ではなく、“自分のため”に戦う代表選手が増えているという話を聞くようになった。純粋に自身が勝ちたい、競技や最高レベルでの試合を楽しみたい、という感覚が、“日本のために勝つ”という意識より強くなったと思える選手が増えたというのはおれも思った。世間の論調も肯定的でも否定的でも無かったと思う。どちらかというと、喜怒哀楽を素直に出す選手が増えた分、肯定的だっただろうか。

そのまさにアトランタオリンピックの頃、おれは、英語のライティング技法を習う授業で、“2つの意見を挙げ、片方意見で主張する”という書き方を習っていた。例えば“救急車を有料にすべきか” “消費税は上げるべきか”などなど、その理由とともにどちらかの主張をする論法を学んでいた(パッと思いつく例が堅いものですまぬ)。

おれはその授業で「オリンピックは参加することに意義があるのか、勝つことに意義があるのか」というテーマで書いた。よく議論されるテーマを選んだまでは良かったが、先生の教えたいことを理解していなかったおれは、その質問の答えとして「オリンピックは選手が持っている力を出し切ることに意義がある」と第三の主張を持ってきて、その先生を困らせた事を覚えている。

間抜けな論法だったが、この時の主張というのは、基本的に今も変わらず持っている考え方だ。おれは今も日本人としてその理念でオリンピックを見ている

日本代表に選ばれる選手というのは、その選手がその競技の日本で最高峰の選手であるということだ。その選手がもし負けたところで、他の日本人が文句を言うところじゃないだろう? その選手に勝てないのだから。日本で1位なら世界で1位になる可能性があるということだし、逆に日本で1位でも世界ではまだまだ下位である可能性もある。しかし、日本で1位になれないのなら、世界で1位になるのは無理ではないか(もちろんコンディション自体でその可能性があるトップ選手は僅かながら居るだろうが)。

かといって、オリンピックや世界トップクラスの大会に出場すれば良いというものではない。日本代表に選ばれた選手というのは、選ばれなかった他のすべての選手を代表して出場するから。“代表”なのだ。つまり、今回の問題につながる。勝てば良いという考え方でもない。

スノーボードの他の選手たちはどう思っていることだろう? スノーボードのイメージダウンに大きく寄与したことが明らかだ。トリノの時も、スノーボードの選手が選手村の壁を壊したなんていう問題もあった。

ましてや、オリンピックというのは、莫大な額の税金や多大な人の労力などが費やされているのだ。


こういったことを考えると、今からでも強制帰国させ、かかった費用を弁済させるというのは、無茶な要求ではないと思う。そこまでけじめをつけられてこそ、今後日本でのオリンピック招致に国民の賛同が得られるのではないか。



今回のこの話で、かつてのバスケットボール日本代表のあるエピソードを思い出した。長くなったのでその話はまた今度。
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2010年02月07日

格上の意地とプライド2

さっきのような話で、すぐに思い出すのがもうひとつある。

競馬、武豊の話だ。

87年のデビューの年から武の類稀な実力は発揮され、同年武は新人最多勝記録となる年間69勝をマークした。

それから21年-。

2008年に三浦皇成がその新人記録を更新し、その記録を91まで伸ばすことになるのだが・・・


三浦は、10月11日に、69勝の新人最多勝記録に並んだ。翌12日、三浦は武の記録を塗り替えるのを期待されていた。

この日、武は10回騎乗、三浦は9回騎乗した。
三浦の騎乗9回はすべて武との対決となった。

この9レースで、武はすべて三浦より先着。うち4レースで勝利、つまり1着となった。


武の本心はわからない。
しかし、

“おれの目の前で、記録を破られてたまるか”という気迫を、この記録からは感じられる。10月で並んだということは、記録を破られる可能性は極めて高かった。


それでも、記録更新を目前に迫った大型新人を、9レースにわたって阻止するなんて、これもまた、圧巻ではないか!



のちに、10月25日に三浦は記録更新した。
posted by KJC at 13:36| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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