前回の日記:
国を代表するということ=====
国の代表といえば思い出すのが2000年のバスケットボール「スーパードリーム2000」だ。
・・・と、その前に、詳しくない方のために、ここ20年のバスケットボール事情をおさらいする。
1992年のバルセロナオリンピックで、初めてプロ選手が出場し、大学を卒業したばかりの1人を除くプロオールスター軍団を揃えたアメリカ“ドリームチーム”が全試合で圧勝。世界に世界一のアメリカのバスケットボールを見せつけた。当時は負けたチームが口々に「今日は最高の日だ」とコメントするような時代だった。
それから時は流れ、諸外国のチームにとって、アメリカは徐々に“憧れ”から“目標”に移っていく。同じようにプロ中心選手で挑んだ2000年のシドニーオリンピックでは、リトアニア相手に接戦を演じ、2002年の世界選手権ではついにアメリカは優勝を逃したばかりか、6位に甘んじる結果となった。オリンピックでも2004年アテネ大会で3位と、NBAの中心選手を集めても、優勝できない時代となった。アメリカ以外の世界の強豪にとって、アメリカは今や“ライバル”であり、決して“憧れ”ではないのだ。
一方日本は、世界の多くの国と同じように、バルセロナ以降、プロ化が検討されたり、アメリカに少しでも追いつこうと選手・関係者はがんばってきた。その結果のひとつが95年のユニバーシアード福岡大会で準優勝! 地の利やら、なんやらあったにせよ、決勝でアメリカと戦ったというのは歴史的なものであった。当時のアメリカ代表は大学生であったティム ダンカンやアレンアイヴァソン、レイ アレンら、何人かは今NBAのベテラン選手で活躍する面々であった。日本のヘッドコーチは現bjリーグコミッショナーの河内敏光が務めていた。勝てはしなかったものの、この1戦は日本のバスケットボールの未来に大きな光を魅せてくれた内容だった。
上昇気流にあった日本は、NBAのスタジアムに匹敵するさいたまスーパーアリーナを建設。そのこけら落としとして、この「スーパードリーム 2000」と銘打ったビッグイベントの開催を発表。シドニーオリンピック直前に、U.S.A.とスペインを迎え、日本代表が戦うというまさに夢の対戦が実現した(日本はオリンピック出場できず)。
これ以前に決まっていた2006年世界選手権日本開催というのもあり、日本のバスケットボールは上昇気流に乗ったかに見えた。が、協会が抱える数々の問題が表面化した。強化どころか国内の運営のあらゆる面で失敗が目立ってきていた。
その自国開催となった世界選手権では20位(出場24チーム)、過去ほとんどの大会で3位以上に入っていたアジアでの大会も、90年代終盤から 5〜6位となり、2007年のアジア選手権では自国開催だったのにもかかわらず史上最低の8位、2009年の同大会では10位(16チーム中)と最低記録を更新した。各国がアメリカに追いつけ追い越せで成長し、アジアでも中国が世界トップクラスへ、中東勢がアジアトップレベルへ君臨する中、日本は完全に取り残された格好となっている。
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さて、そのスーパードリームゲーム2000というのは、言わずと知れたオールスター軍団U.S.A.と、世界強豪のひとつ(後に2006年日本開催の世界選手権で優勝した)スペイン、それに日本の3チームが総当たりで戦うイベントだった。
・・・・・前置きが長くなったが、やっと本題。
アメリカに挑んだ日本は、当然のごとく敗戦。49-105という大差だった。
ちなみに、アメリカvsスペインは95-66、日本vsスペインは58-99だった。
このスーパースター軍団のアメリカ戦のあとの、ある選手のコメントが物議を醸し出すことになる。
「楽しかったです」
このコメントに抗議が殺到した。
「惨敗して“楽しかった”って何だよ!? クラブチームとして対戦してそれなら良いよ。日本の代表だぞ。大敗したんだから、悔しかったって言ってみろよ。なんで見ている人間の方が悔しいんだよ」
このような趣旨だ。だが、発言の主は反論した。
「楽しかったから、楽しかったって言ったんだ」
確かに悔しくなかったとは言っていない。日本にはいないトップレベルの選手とじかに対戦して楽しかったという感覚も理解できる。一方で、負けておいて・・・という抗議者の意見も理解できる。
おれはどっちも間違ってはいないと思う。
そして、先に書いたように、日本はこの時期から世界に取り残されるようになるが、だからといってこのコメントや、(推測だけど)この時に日本代表選手がもし同じ気持ちで居たとしても・・・・、それが低迷の引き金になったとは思わない。いや、そうでないと信じたい。
92年にアメリカと対戦したチームだって、初めは負けて幸福感を感じたところから成長したチームもあるのだから。
“日本がアメリカに勝つ日”それはやり方によっては決して遠くは無いと思う。92年のドリームチームの2年後、アメリカチームがドリームチーム IIと呼ばれた94年の世界選手権の開催直前、アメリカESPNで組まれた特集を思い出す。
アメリカが負ける日はいつになるのか? 関係者数名のコメントが引用された。
「7〜8年は相手にならない」
「10年以上はかかる」
「20〜30年くらいかかるのではないか」
確かに当時は、ベストメンバーを揃えたアメリカが負けることなど考えられなかった。
が、実際は2002年の世界選手権で負けたのだから、この時から8年というのが答えであった。もっと言えば2000年のシドニーオリンピックでは間一髪だったし、98年の世界選手権ではプロ選手が参加せずに3位だったので、この時に負けていた可能性もある。
日本の武器であったスピードと長距離シュートは、今や体格の良いチームでも当たり前のように武器にする時代になった。それでもなお、体格に劣る日本が、デカいチームを相手にきりきりまいさせる様を、ときどき想像するのである。